水素安全学研究部門

研究紹介

①高圧水素ガス用ゴムシールの内部破壊発生メカニズムの解明
高圧水素ガス用ゴムシールでは、高圧水素ガスを減圧することによって、ゴム内部にき裂が発生するケースがあります。内部き裂は、減圧によって溶解していた水素が過飽和の状態となり,ゴム内部においてサブミクロンオーダの気泡が形成・成長し,この気泡を起点として発生していると考えられますが,詳細は明らかになっておりません。ここで,気泡をサブミクロン~ミクロンサイズの光学顕微鏡では観察困難なキャビティ、き裂をミクロンサイズ以上のキャビティと定義しております.この研究では、原子間力顕微鏡(AFM)、走査型電子顕微鏡(SEM)、光学顕微鏡およびアコースティックエミッション(AE)を用いて、高圧水素ガスシール用ゴムの内部き裂発生メカニズムについて検討しています。その結果、ゴム内部には架橋密度の不均一に起因した光学顕微鏡で観察困難な数100 nmの低強度部位が存在し、減圧によって当該部に形成された気泡が成長し、き裂起点となっていることが明らかになりました(図1)。現在では、サブミクロンオーダのゴム材料の不均一構造と破壊の関連について、原子間力顕微鏡や小角X線散乱法など用いて,さらに詳細な検討を行っております。

【図をクリックすると拡大されます】


②ゴム材料の膨潤および引張特性に及ぼす水素の影響
ゴム材料が高圧水素ガス中に曝されると、ゴムが水素ガスを吸収し、体積が増加します。この現象を膨潤と呼びます。この研究では、アクリロニトリルブタジエンゴム(NBR)を(最大)圧力100 MPaの高圧水素ガス中に曝露し、膨潤による体積増加と引張特性に及ぼす充てん剤(カーボンブラック、シリカ)の影響について検討しています。その結果、充てん剤の有無や種類のよらず、曝露圧力が10 MPaよりも高くなると、ゴム材料の体積が増加し,曝露圧力が高くなるほど、体積増加が大きくなりました。ゴム内部には自由体積が存在し、圧力10 MPa以下では、自由体積内に水素が溶解するためにゴムの体積が増加しなかったと考えられます。ゴム材料の体積増加は引張特性に影響を及ぼし、ゴム材料の体積が増加に伴い、引張弾性率や破断強度といった引張特性が低下することが明らかになりました(図2)。現在では、減圧後ではなく加圧中(in situ)での試験を検討しております。

【図をクリックすると拡大されます】


③ゴム材料の疲労き裂進展特性に及ぼす水素の影響
ゴム材料の長期利用を想定すると、疲労特性に関する評価は不可欠です。ゴム材料の疲労寿命は、環境や温度の影響、すなわち熱劣化の影響を強く受けるため、疲労寿命に及ぼす熱劣化の影響について評価しておく必要があります。この研究では、大気中と水素ガス環境中で熱劣化させたエチレンプロピレンゴム(EPDM)の疲労き裂進展試験を実施し、疲労き裂進展特性に及ぼす熱劣化の影響について破壊力学的な観点から検討しています(図3)。疲労き裂進展特性は熱劣化環境によって異なり、大気中では熱劣化温度が高くなるほど疲労き裂進展は加速し、水素ガス中では熱劣化温度が高くなるほど疲労き裂進展が遅くなりました。現在では、熱劣化によるゴムの構造変化をパルスNMR,IR,AFMによって評価し,熱劣化による疲労き裂進展速度の変化とゴム構造の関係について検討しております。

【図をクリックすると拡大されます】


④鉄鋼材料の引張特性に及ぼす水素および予ひずみの影響

オーステナイト系ステンレス鋼SUS316Lは、ほとんど水素脆化しないことが報告されています。その理由の一つとして、SUS316Lの拡散係数が小さいため、水素曝露の際、試験片内部に水素が十分に侵入していないことが考えられます。この研究では、高温・高圧曝露によって、試験片内部の水素が平衡状態となっている試験片を用いて、SUS316Lの引張特性に及ぼす水素と予ひずみの影響について検討しております。その結果、予ひずみを与えると水素量が増大し、水素量が増大するほど、絞り低下が大きくなることが明らかになりました。SEMによる引張破壊破面の観察から、水素曝露材ではせん断応力破壊域の増大および垂直応力破壊域におけるボイドシートの形成が認められました。このような破壊様相の変化は、水素によりせん断応力破壊が助長された結果と推察され、これまで水素脆化しないことが報告されていたSUS316Lでも、高温・高圧曝露した試験片を用いることによって水素の影響が認められました。



ご案内

当研究部門は、九州大学の水素拠点の研究活動を担当しております。博士研究員・博士課程学生の受け入れも可能ですので、低炭素社会の実現に向けた先端研究に興味がある方は、お気軽にお問い合わせください。

連絡先

九州大学 水素エネルギー国際研究センター 
               水素安全学研究部門 山辺 純一郎

  • 住 所:〒819-0395 福岡市西区元岡744
  • 電 話:092-802-3904
  • E-mail: